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2009-04-22

琉球アンダーグラウンド & Konono No.1

放送大学の専門科目「芸術・文化・社会」4章 ”音楽がつくる身体とテクノロジーの音楽”で紹介されていた
琉球アンダーグラウンドのビデオクリップ。

Ryukyu Underground



同じく掲載されていた、Konono No.1



”コンゴ民主共和国で30年近くにわたって活動しているKonono No.1は、伝統的な楽器であるリケンベ(いわゆる「親指ピアノ」)をエレキ化し、自動車部品の流用を含むさまざまな打楽器とともに、これまた自動車部品などから自作したマイクロフォンを用いて、反復性の強い「ダンス・ミュージック」を演奏している。”
(「芸術・文化・社会」第4章より)

2009-02-23

「つみきのいえ」 congratulations on winning the Oscar!

「つみきのいえ」オスカー受賞おめでとうございます。
つみきのいえ、La Maison en Petits Cubesは、12分の中に愛が持つ希望の力が凝縮された、温かな素晴らしい作品です。

海面がどんどん上昇するために、家を上に上に建て増していくひとり暮らしの老人。
あるきっかけで、老人は水中にもぐる。
これまで積み立ててきた階をひとつひとつ、下へとめぐる中で
それぞれの階で育まれた、自らの家族の歴史と愛を追体験していく。。。

設定はユニークでも、ストーリーの流れ方は取り立てて特別なものではなく
むしろ、誰もが次の流れを読めるくらいの、普通の運びです。
でもこの映画は、家族の、そして家族への愛が、ただ追憶としてではなく
人の生に希望を送り続ける力をもっていることを、温かな映像で静かに表明しています。

私は、短編映画で泣いたのはこの作品が初めてです。
濃密な12分を、ぜひ多くの人に味わって頂きたいと願う作品です。

2009-02-22

シモーヌ・ヴェイユと美学

哲学者アランの教え子であるシモーヌ・ヴェイユについて、初めて聞いたのは確か高校生の時。
優秀な成績で哲学を修めながら、労働者の苛酷な境遇を共有するために女工となり
後にド・ゴールの自由フランスにレジスタンスとして参加、34歳でその生涯を閉じた。

シモーヌ・ヴェイユが、リセ教員の職を休んで自ら女工という境遇に身を置いたことは、例えば映画「 微熱 愛と革命の日々」で、ニーナが医者を辞めて女工になったのとは全く違う。

ニーナは自分の信奉する主義のために、労働者を教化しようと工場に身を置いた。彼女にとって、労働者は”あわれみ”、”指導すべき”存在。
それは独りよがりの、押し売りの愛であり、報いられない時には絶望や怒りを伴うのでは。

しかしシモーヌ・ヴェイユは、苦しむ人々と共に苦しみ、同等な存在として人々の不幸を真に共有することを、魂において望んでいたように思える。
シモーヌ・ヴェイユには、虐げられ、使い捨てにされる名もない人々への、透徹した愛の視線がある。

このような、全身全霊で同苦する存在としてのシモーヌ・ヴェイユのことは知っていたけれど
美学との関連は知らなかった。

大学の図書室で借りてきた「西洋美学のエッセンス 西洋美学理論の歴史と展開」
(青山先生がディドロを担当されているので、借りたのだけど)
このP403~P410、「現代西洋美学の動向」に、シモーヌ・ヴェイユの美学が取り上げられている。
これからじっくり読んで勉強する予定。